ねむいつらいかえりたい

20代も末だけどいろいろがんばるはなし

お別れの歌

また更新の日付があいてしまった。気負わず日記めもくらいの感じで近況を書いていこう。いろいろあるけれど、私は暴走気味に元気です。

 

奨学金完済した

7月ボーナスでもって元金430万円、利息込で約450万円全額返済した。ちなみにJASSO的にはこれは返済ではなく返還という。20代のうちに返せればいいくらいの気持ちだったけど半年で達成できるとは思わなかった。しかしここまで来るのに貯金をかなり切り崩しているので、まだ今年は大きな買い物はせずに年金追納を目標に貯めていこう…。返還完了証と機関保証金の返還通知は1カ月経ってもまだ来ていない。これこそザ役所仕事。それが来たらまた奨学金の記事をかこうっと。完済を急ぎすぎた感あるけど、これを人に話すとみんな褒めてくれるからとてもうれしい。借りたものを返すのは当たり前と人はいうけど、当たり前を実行するのはほんとうに難しい。

 

・かれぴっぴと別れた

3年以上付き合った人と完全に別れた。これはきっと完全に、completelyという単語に値する。理由は根も葉もないけど、複数あるけど、おそらく将来を繋げなかったことが根本的にあると思う。でも今思い返しても私が悪かったところは何一つ思い出せない。私はやるだけやった。もうそう思うこと自体がだめだったんだな~。アラサーコミュ障腐れババアはこれからどうしたらいいのか。ひたすら一人身の友達を婚活ブースに誘いまくってるけど勢いとノリだけでまだ一歩も動けてません。いいんだ、このまま一生実家でママと暮らすんだ…。

 

・携帯をMVNOにした

auからUQモバイルにした。携帯にお金をかけたくないということが変えた理由だったのに、自分のなかの見栄を満足させるために9万円のシムフリーiphoneを半年ローンで買ったという…。3GB制限を心配してたけど、そもそも外で動画もゲームもやらない自分は、節約モードにしてれば1カ月で1GBも使わずここまできてる。といった矢先、これまで機種が古すぎてできなかった、というかやらないようにしてたスマホゲーにドハマリして通勤中にプレイできないことをストレスフルに感じてる。ちなみに前項のショックからかアイナナとA3!で画面上のメンズたちに心とお金を動かしてます。もう未来がない。

 

・仕事がうまくいかない

気づいてしまったんだけど、私は会社で上司に評価されるタイプの人間ではないんだろう。職場で、対外的な調整と上への説明はめちゃくちゃ上手いけど、同僚への細かい調整やとても小さい作業は全く気にも留めない人がいる。でも、その地味な作業をしないと結局グループとして私が困るから全部引き受けても、上から評価されるのは私じゃなくその人なんだ。結局目立つ人の評価が上がるような社風になっている。働き改革を叫ぶ最近の他の会社もおそらく似たようなことになってると思う。でも私はそれが正しいとは思えない。丁寧で正確で人に優しいことを無視してまで評価を得るべきなんだろうか。上司の気にも留まらないけどやらないと他の人が困ることをちまちまやってることは間違いなんだろうか。そもそも、そういうちまちましたことが働き改革のなかでは悪とされるんだろうか。と思ったときに、わたしは「あ、もう社会で評価される側の人間じゃないんだな。永遠に負け犬か〜」と思ってしまった。そしてモチベーションがじわじわ摩耗している。私は間違ってる?間違ってたらやめるまで。

奨学金返済するために生きてる

今年に入って毎月10万円繰り上げ返済することを目標にがんばってたんだけど、ちょっとがんばりすぎたため、7月27日引き落とし分で全額返済できそう。

現状:元金435万→2013年10月から毎月約2万返済→2016年約150万繰り上げ返済→2017年6月現在で約180万繰り上げ返済→残り約約60万。
はいわたしすごい。まさか4年間で完済できるとおもってなかった。

正直、手をつけないようにしてた貯金を切り詰めてまでそんなに頑張って早く返済しなくていいのではと思いつつ、目に見えて借金の額が減っていくことが楽しすぎてついついやっちまった。貯金が増えるのとはまた違った楽しみがある。そして返しきったら返しきったで生きがいを失って死にそう。

 

奨学金というワードがネット上で話題になる度に、「月2万円も返済できないとかww借りるほうがバカwwwむしろ踏み倒せwww」だのいうクソコメントを見て、そのたびにじわじわと怒りを覚えた。怒りと反抗心だけでここまでやってきた。たかが2万されど2万。奨学金を借りて心の底から良かったとは思わない。別に次の世代のために返すわけじゃない。私は私のために、借金をかかえているというプレッシャーから早く逃れたいがために返すんや。

とにかくボーナス支給日まで、ツイッターでわざわざ「奨学金」ってワードで検索して怒りと焦りを盛り上げて、次の返済可能日にはスパっと返したい。返還完了通知とかいう全く無味感想なハガキをわざわざSNSにうpしてめっちゃイイネをされたい。ざまあみろと言いたい。JASSOに?世間に?大学に?親に?いや、無知なまま借りることに易々と同意した過去の自分にだ。

GMDからブランケット装着へ

歯の間に十分な隙間ができたということで、半年間装着していたGMDを5月末にはずして、6月に新しい装置を装着してきました。ブランケットとかワイヤーとかゴムとかが色々くっついたハイブリッドな装置で、2週間くらい経過してようやく慣れてきました。

まだ1番から6番と11番から16番にしかついてなくて、ひとまず回転しているサイドの歯を元に戻してから前歯を戻すということ。正直、何回説明を聞いても歯が回転しているという状態がわからない…。

食事について、これまでのGMDでは、ワイヤーと歯の間に挟まるため挟まりやすいけど取りやすいという感じだったけど、これはブランケットにそのまま挟まるから、見た目にも挟まってることがわかり、人と喋りながら食べることにめちゃくちゃ気を遣う。そういうときは飲み物でごまかして、頻繁にトイレにいってうがいして挟まったものを取るしかないけど、ちゃんと噛んで食べたはずのご飯粒がそのまま口から出てくるのやばくないですか…。

装着後4日間は痛くて噛めなくて家でも会社でもおかゆとリゾットを食べてたけど、今は固いもの以外は割となんでも食べられてます。

掃除について、とにかく虫歯が怖いから、凹凸型両方の歯ブラシと歯間ブラシとデンタルフロスとフッ素配合歯磨きを常備して歯磨きオタクのようなかんじで丁寧にしてはいるものの、こんなに挟まってたらいつか虫歯になるとおもうんだわたし…。

 真剣にこれがほしい。人気のあまり値段の上下が激しいからいまだに思い悩んでる…。

 

If I could settle down

前の記事を書いたすぐ次の週、父がまた入院した。突発的な悪化というよりも、悪い状態が続いていて通院日にそのまま。容態だけでなく機嫌も悪く、24時間ついている母がそろそろ限界に来ていたので、一種のレスパイト入院というかんじだった。ところが2週間経ってもまだ退院の気配がない。悪い数値がなかなか戻らない。

父はHCUというICUと一般病棟の間みたいな部屋にずっと入っている。同じ部屋の患者さんはかなり重篤な方が多く、日々入れ替わりが激しい。いつ見ても顔ぶれが違う。みんなどこに行くんだろう。ちゃんと一般病棟に戻ってるんだろうか。お見舞いに行くとまず天気の話をする。今日は暑いとか寒いとか、日常生活を生きてたらスモールトーク程度にしかならない話題をまず相手に伝えたくなる。今日隣のベッドの会話を聞いてたら、お見舞いに来ていた娘さんも、「今日は肌寒い」という話を5分ほどしていた。私はそれを盗み聞きしながら泣きたくなるような気持ちになった。早く家に帰してあげたい。実際帰ってきたら帰ってきたで今度は本当に泣くほど大変なんだけど。

 

私は仕事も最近忙しくもなく普通に過ごしている。ただ周りの結婚ラッシュに消え入りたい気持ちになりながら過ごしてる。

なんていうか、最悪なこと言うけど、自分の年齢を上限だと思いこんで、年下の後輩には「私はババアだからww」とへりくだり、こじらせた独身の先輩を「クソババア」と陰で馬鹿にしてるうちに、自分が年とっていくとこの上限が上がってきて、気づいたら今馬鹿にしてるクソババアと同じ年齢になるんだろうな。そして同じ年齢になってなお同じこと言ってるんだろうな。ほんとこわいわ。早く穏やかな精神世界にいきたい…。

ペイヴメントのだるい性格の悪い歌だけがだめな私をだめたらしめてくれる。本当に感謝してる。


Pavement - Range Life (1994)

あなたがいるなら

先週、入社当時から私の世話を焼いてくれている上司とご飯に行った。仕事や部署だけでなく、私の家族のことも心配してくれていて、寝たきりの父やそれを介護する母の話を真剣に聞いてくれた。私はとにかく喋るのが苦手で、どちらかというと人が喋るのを聞いていたいタイプなので、ふと「○○さんの御両親はお元気ですか」と聞いてしまった。すると、いつも気丈な上司が目頭を抑えながら、ぽつりぽつりと母親がつい先日亡くなったということを話してくれた。訃報を知っていればそんな軽々しく振るべきではなかった話を、しかし上司は自分の後悔も含めて丁寧に話してくれ、「なのであなたは父親に対して今できることをしっかりやるべきだ」と諭してくれた。

私はそれをあたふたしつつ聞きながら、肉親の死は、いつも気丈な上司をここまで狼狽させるほどのことなのかとしみじみ考えてしまった。

 

私は、父親が死んだら泣けるだろうか。どんな映画を見てもアニメを見てもドキュメンタリーを見ても感動してぼろぼろと泣けるけど、自分の肉親が死んだら、私は泣けるだろうか。母が死んだらまず間違いなく泣くだろうし、正直生きていけない。けど、私は父に対して好きとも嫌いともいえない複雑な感情がある。しかも、入院中に幾度とない命の危機に瀕し、突然の事態への感傷に浸ることも正直もうやりきった感がある。

この上司と食事に行った日の終わりに、母が「お父さんもう長くないって自分で言ってた」と私にぼそりとつぶやいた。退院後、常に復活を目標にしていた父がそんな弱気なことを言うのは初めてだった。

 

そして今日、入院中からのたっての希望で、父の旧友を招いて庭でBBQ(噂の案件)をした。といっても父は経鼻カニューレで酸素吸引をしていて庭に降りられないので縁側で。今日は雲一つない見事な晴れ模様で万年ひきこもり寝たきりの私にはキツい天気だったけど、驚くほど空と緑が綺麗だった。事前の道具と食材の調達、父の体調を気遣いながら肉を焼いてジジイ達に振る舞うのはめっちゃ疲れたけど、とても良い時間だったと思う。父の旧友たち(というかただの酔っ払いのジジイ)を駅に送り届けながら、どうかこれが最後にならないでほしいと心から思った。

 

送迎の運転中、FMでコーネリアスの新曲が流れていた。今日の穏やかな青と緑の道に驚くほどふさわしい曲だった。コーネリアスは、過去の作品を今聞くとだっさ!って思うけど、新作をオンタイムできくとめちゃくちゃかっこいいから不思議だ。あと坂本慎太郎は天才。


Cornelius - 『あなたがいるなら』"If You're Here"

家族で暮らすということは

どういうことなんだろう。

周りの友達はどんどん新しく家庭をつくっていく。それを信じられない目で見てる私は、確固たる結婚願望はありながらも他人と暮らす自分を想像することがまだできないでいる。

実家に帰ってきて、家族はありがたいと感じながらも、日々鬱陶しいことは多い。まずこれを書こうと思ったきっかけが、祖母のトイレットペーパー消費速度が異常に早いという愚痴からだった。本当にどうでもいい、生活様式の細々とした違いが、摩擦を生じていく。

もともと、私の家族は2世帯同居で、母方の実家に住んでいた。祖父が亡くなり、同居で肩身の狭かった父が家長となり、今度は逆に祖母の肩身が狭くなった。家族は、死や生、結婚や離婚、進学や就職といった個人のライフイベントによって常に形を変えていくもので、いくら「世帯」という法律的な用語があっても、それを「家族」という枠組みで縛り続けることは難しい。

 

小津安二郎の「東京物語」という映画では、母親の葬式が終わり早々に東京へ帰っていく兄姉を見て、京子が「他人同士でももっとあたたかいわ。親子ってそんなもんじゃないと思う」という。それに対して原節子扮する紀子が、「あたしもあなたぐらいの時にはそう思ってたのよ。でも子供って大きくなると、だんだん親から離れていくもんじゃないかしら。お姉さまぐらいになると、もうお父さまお母さまとは別のお姉さまだけの生活ってものがあるのよ。誰だってみんな自分の生活がいちばん大事になってくるのよ。だんだんそうなるのよ。」と返す。私も父方の祖母が亡くなったときにこの京子と同じようなことを感じて、母にすすめられてこの映画を見た。そのときは京子と同じように、「そんな風になりたくない」と思ったものだった。ところが、今私は紀子の「だんだんそうなるのよ」という言葉を自分に言い聞かせている。

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ではなぜ「家族」という枠組みで縛り続けることができるのかというと、それは愛情があるからだ。離れても遠くてもいつだって人々は家族のことを考える。そしてその枠組みはどんどん多様化していっている。たとえば、最近話題になった映画でいうと「チョコレートドーナツ」や、大阪市で男性同士のカップルが里親となったことなど、性別や血縁は家族を縛らない。

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でも、愛情だけだろうか。「家族」が誰かの人生に影を落とすことは?愛情でつながっているはずの「家族」という枠組みのなかでがんじがらめになって抜け出せなくなることは?

私自身、父親に対しては複雑な気持ちがあり、血縁と愛情だけで娘をやっているわけではない。でも世間一般的な「孝」に反した本当の気持ちは誰にも言いたくないし、これからも言わないままだと思う。ただ、たとえそこに愛情がなくても、もはや何の感情も持てなくても、一緒に暮らしているという情だけで成立する「家族」もあると思う。幸せいっぱいでなくても、私は「家族」という在り方まで否定する気持ちにはなれない。そしてもしそんな家庭で過ごしてきた人がいたら、愛情がなくても情だけは信じてほしいと思う。「家族」の姿が変わっても、中身がボロボロでも、情だけでつながるものでもそれはきっと家族で、たとえ相手に複雑な感情があって、本気で恨んだことがあっても、相手を心配したり労わったりすることは自分に嘘をついていることにはならないということを。

何を書きたいのかわからなくなったけど、たぶん私は、心からもう無理と思って逃げた父親が病気になってその看病のなかで相手を心配して泣いたり労わったりした自分が信じられなかったんだと思う。でもそれは家族として当たり前のことで、もう無理と思った昔の自分の気持ちも嘘じゃない。そういう家族もあるんだ。

いつか私も、トイレットペーパーの消費速度なんて気にしないで、愛情だけで家族がつくれるんだろうか。そしてそのいつかはいつかじゃなくて間近に迫っているということを、いくら考えても現実として受け止めきれないんだけど。

東北3県ひとり旅してきた

 

4月18~20日に東北3県ひとり旅してきた。青森で寺山修司、岩手で宮沢賢治の足跡を辿ったあと、宮城沿岸部の被災地を見学して、松島観光という、効率性を一切無視した旅程ながらも、たらふく食べて現地の人に優しくしてもらって、最高に楽しい3日間だった。以下続く。

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